ホーム > お知らせ・ブログ > 奈良県吉野郡大淀町の大阿太高原はどんなところ?

奈良県吉野郡大淀町の大阿太高原はどんなところ?

2023.6.28

ここ大阿太高原は、奈良県の中央部に位置して、梨栽培面積は約42ヘクタールほどで産地としてはあまり大きくはないが、他の産地よりは糖度が高い梨を発送できることで隠れた産地としての地位を誇ってきた。それには大阿太高原の土質、気候条件などが大きく影響をしている。

 

 

大淀町の沿革

 

大阿太高原のある大淀町は奈良県のほぼ中央部にあり、紀伊山地の3分の2を占める吉野郡の玄関口に位置している。
東には三重県との県境にある大台ケ原を含む山系が南北に連なり、南にも桜や杉の美林で有名な吉野・大峰山系が南北に連なっている。
我が国において最多雨の地域である大台ケ原の降水は大淀町の南にある吉野川を東から西へ流れ、和歌山県に入って紀ノ川となり紀伊水道へと注いでいる。
この河川の働きが河岸段丘を産み、大阿太高原もその影響を受けていると考えられ、果樹園にも丸い小石が多く見受けられる。

 

・東経 135度47分
・北経 34度23分
・東西 11.01Km
・南北 4.7Km
・面積 38.06平方Km
・海抜 132.8~610.5m
・人口 16,414人(2023.2現在)

 

大阿太高原は吉野山系の北端で、標高150~250mの暖傾斜の丘陵地帯であり、竜門山系の西部に位置している。
この高原に登ると西には金剛、葛城の山々が東には竜門岳、高見山が、そして南には大峰山系を望むことができる。
この地域は明治のはじめ、20ヶ村があり、明治21年町村制施工のときに大淀村として成立した。

 

「大淀」の名は万葉集巻7の雑歌にある次の和歌に由来したと考えられる。

 

今しきは見めやと念ひしみ芳野の大川淀を今は見つるかも

 

廿世紀梨梨は明治中期、大阿太高原で栽培が始められ、今では全国的特産物として広く知られている。4月に咲く淡白は花は、清純・純潔の象徴ともされ、町の花に指定されている。また、町の木はブナ科のアラカシで、古代から吉野川の清流斜面に繁り、万葉の時代から親しまれてきた。樹勢が旺盛で、ゆるぎない躍進を象徴するものとして大淀町にふさわしい木である。

 

気候条件

気候は年平均気温14.5度、年間降水量1,371mmで、その大部分は梨の生育期間に降る。紀伊半島の内陸に位置することから比較的昼夜温度差が大きく、果物の栽培に適した気候条件である。

 

 

 

土壌条件

大阿太高原果樹園の土壌条件は強粘土質でれき層や岩盤を含まない細粒褐色森林土「最上統」と、壌~砂質でれき層を含んだれき質褐色森林土「五社統」がある。「最上統」は、やや傾斜地に分布しているが、大きな欠点がなく農業に適した土壌条件である。また、「五社統」は比較的傾斜が緩やかで有効土層がやや浅い他は耕作に適した土壌条件といえる。いずれの土壌も湛水透水性が優れていて、排水がよく、食味の良い梨の生産に適した土質である。有機物の施用や深耕をすればさらに良い条件になる。

 

奈良吉野・大阿太高原 百華園

〒638-0831 奈良県吉野郡大淀町佐名伝1101-2
TEL:0747-52-3745
FAX:0747-52-7456

⇒ お問合せはこちらまで